調査士の生の声 2
埼玉土地家屋調査士会 会報148号より抜粋
土地家屋調査士になって
浦和支部 中村洋義
私が土地家屋調査士という職業を知ったのは調査士である父を通してです、子供のころ近所の地主が父を「先生」と呼ぶのを聞いて、いったい何者なんだ!学校の先生でも医者でもないのに?と思ったことがありました。小遣い稼ぎで父の現場に行き、巻尺の目盛りをコンクリート杭の十字に合せたのが今思えば私の調査し業務の初体験ということになります。学生時代の空いた時間はバイト感覚で現場を手伝い、卒業してからは補助者となり本格的に調査士業務に関わり始めました。法務局での閲覧、現場での穴掘り・立会い、事務所での計算・作図と事件ごとに違う仕事内容や人との出会いに面白さを感じるようになりました。気軽に受けた調査士試験では不合格という結果にショックを受け、それをバネに勉強を続けどうにか昭和59年度の土地家屋調査士試験に合格しましたが、その頃は実務経験を積み、いつの日か土地家屋調査士になろうと考えていました。
私の住む地元は子供の頃は田畑が広がる村落・農耕地域で、それが宅地開発により準市街地に変化し、さらに市街地へとこれからも大きく変貌しようとしています。その間、業務処理は電卓・手書き図面からパソコン・CAD図面に、タイプライターからワープロに、スチールテープから光波側距儀にと事務作業や備品も大きく様変わりしました。
変化も行き着くところまで来たと思い、18年の補助者経験を自信に調査士会に入会してみると、とんでもない変化が待っていました。新人研修を皮切りに本会業務研修、支部研修、境界鑑定講座、人権問題の研修、これから始まるCPD研修、等々、はたまた報酬基準額の撤廃、民間ADR、個人情報保護法、不動産登記法の改正、オンライン申請、筆界特定精度、職務上請求書取り扱い、93条調査報告書、77条地積測量図と土地家屋調査士を取り巻く多くの環境の変化です。自分自身の知識と技術の研鑽や人格の向上を迫られ、頭の中では”大変”の文字で一杯になり、変化に対して愚痴りたくなりますが、冷静になると愚痴っている自分は間違いなく現状維持思考で向上していないことに気付きます。
見方を変えてこの環境の変化に対応すれば自分も大きく変われる向上のチャンスではなかろうか。例を挙げれば大変だと思っていた93条調査報告書の作成作業も今ではだいぶ慣れてきた訳だけし、こつこつ努力を重ねればきっと克服できると自分に言い聞かせ現在は日々の業務に励んでいます。土地家屋調査士になっての喜びは、特に困っている依頼主が求める要件を法令に照らして処理し、納品時の一言「ありがとうございました」と言っていただき、スムースに報酬をいただいた時です。何にも代えがたい仕事の充実感を味わう一瞬です。
埼玉土地家屋調査士会に入会して早いもので9年が過ぎました。これからも周期の環境は変化して自分自身の”大変”な状態は続くと思いますが、”大変”な時こそ「自分を大きく変える時」と自分に言い聞かせながら、法令を順守し、受託した事件に責任を持ち、関係人から信頼され、「先生」と呼ばれるにふさわしい土地家屋調査士になりたいと思います。
